店舗建物の老朽化による立ち退き事例

賃貸人Xが、荒川区に所在する店舗建物について、非耐火・非耐震構造であり、著しく老朽化しているため、建物を取り壊し、その敷地とXが所有する隣接地(旗竿地)とを全体として有効利用する必要があるとし、本件建物で酒屋を営む賃借人Yに対し、明け渡しを求めた事例。裁判所は、立ち退き料300万円の支払と引換えにXの請求を認めた(東京地裁平成22年9月1日判決)。

立ち退き請求訴訟の事実関係

立ち退き請求の対象不動産

  • 木造亜鉛メッキ鋼板葺2階建ての建物(種類 店舗)(1階37.19㎡、2階28.92㎡)
  • 建物の敷地 宅地59.98㎡
  • 少なくとも築70年
  • 荒川区所在
  • 近隣商業地域、防火地域、建ぺい率80%、容積率400%・幅員11m(ただし15mに拡幅予定)の公道に接している。

賃貸借契約の概要等

  • 賃貸人(X)は不動産業(法人)
  • 賃借人(Y)は酒類販売業(個人)
  • 賃貸借の始期 昭和15年
  • 解約申入れ時の約定賃貸借期限 期限の定めのない賃貸借契約
  • 解約申入れ時の賃料 月額6万2000円
  • 解約申入れの時期 平成20年4月22日
  • 賃貸人が申し出た立ち退き料の額 300万円もしくは裁判所が相当と認める金額

裁判所の判断

正当事由について

本件解約申入れは、無条件で正当事由を備えているということはできないが、Yに生じる経済的不利益をある程度補償する立退料300万円が支払われることによって、正当事由が補完される。

賃貸人側の事情

  • 本件建物は、老朽化し「少なくとも築70年」という経過年数からして大規模な修繕が必要となるが、耐用年数を遙かに超過しており、Xにその修繕の負担を負わせるのは相当でない。
  • 本件建物は、2階建ての木造建物で、本件土地の有効利用がなされているとはいい難い。
  • 本件隣接地は、その形状・面積等からして単独での活用は困難であり、本件土地と一体の敷地として賃貸ビルを建築し、より高い収益を得ることを計画するのには、経済的合理性が認められる。

賃借人側の事情

  • Yが主張する本件建物を必要とする事情は、酒類販売業が困難となり、生計を維持することができないという経済的理由である。
  • 小規模零細の酒店の営業においては、移転により従前の顧客との関係がなくなった場合には営業に支障が生じることは否定できないが、営業が成り立たなくなり、廃業を余儀なくされるとまでは認め難い。

立ち退き料の算定要素

  • Yの営業収益を考慮して、多額の立退料を要するとはいえない。
  • 新たに他の物件を賃借して店舗を開業する場合には初期費用がかかる。
  • 新規の賃料が現状より値上がりすることは避けられない。
  • Yが、明渡しに伴う経済的不利益について、X申出の300万円で賄えないとの主張をしていない。

弁護士のコメント

建物の朽廃による契約の終了

本件では解約申し入れによる賃貸借契約の終了とは別の論点でも、建物の老朽化の程度がポイントになりました。実際の事案では、Xは主位的請求として建物の朽廃による契約の終了を主張していました。判例上、「賃貸借の目的物たる建物が朽廃しその効用を失った場合は、目的物滅失の場合と同様に賃貸借の趣旨は達成されなくなるから、これによって賃貸借契約は当然に終了する(最高裁判昭和32年12月3日)」とされているためです。このような主張に対し、裁判所は、本件建物について「外壁及び屋根がトタン板貼りであり、しかも、小さなトタン板をつなぎ合わせた造りになっていること、トタン板の一部に腐食が生じていること、屋根の部分は錆びて変色していること、看板の塗装がはがれていること、雨桶が屋根から外れ、欠けている部分もあること、雨よけを支えている金具も錆び付いていること」等の詳細な認定をしながら、朽廃とは認めませんでした。このように、築70年以上の木造建物でも朽廃が認められませんでしたので、やはり屋根や壁が機能を果たしているうちに、建物の朽廃を理由に賃貸借契約の終了を主張するのは相当な困難がともないます。

立ち退き料の算定について

本件ではXが提示したとおりの立ち退き料額で決着しています。借家で事業を行っている場合には、居住用アパート・マンションなどとは異なり営業上の補償が問題となりますが、Yが酒販店の営業による利益等について一切明らかにしなかったことが重視されたようです。Yとしては、表向き「そもそも正当事由が認められないので、正当事由の補完のための立ち退き料算定に関する立証は必要ない」という態度をとっていたものと推測されますが、裁判所は、このような態度から心証を決め、近隣に大型スーパーがあること等を理由に、酒屋の経営は厳しいと結論付けたのでしょう。本件事案において、実際の酒屋の経営状態がどうだったのかはわかりませんので、資料を出したくても赤字で不利になるため出せなかったのか、そうではなかったのかは不明です。ただ、経営状態が良好であれば、立ち退き料の判断以前の正当事由の充足度の判断においても、Yに有利になる材料と思われますので、裁判所の判断は正しいように思います。

法律相談のご予約はこちら

メールでのご予約

  • お問い合わせフォームへ