建物の耐震強度不足による立ち退き事例(棄却)

賃貸人である原告が、豊島区所在の鉄筋コンクリート建物について、同建物で焼き鳥店を営む賃借人である被告に対し、建物は耐震性能に欠けるため建替えの必要があるとして明け渡しを求めたが、請求が棄却された事例(東京地裁平成25年2月25日判決)。

立ち退き請求訴訟の事実関係

立ち退き請求の対象不動産

  • 鉄骨鉄筋コンクリート造
  • 昭和56年4月20日新築(更新拒絶にかかる契約終了時で築28年)
  • 池袋駅東口周辺

賃貸借契約の概要等

  • 賃貸人(X):大手量販店のグループ会社
  • 賃借人(Y):飲食店(焼き鳥店)
  • 賃貸借の始期 平成6年3月7日
  • 更新拒絶時の約定賃貸借期限 平成21年3月6日
  • 更新拒絶時の賃料 月額30万5000円(消費税別途)
  • 更新拒絶時の共益費 月額5万円(消費税別途)
  • 更新拒絶については、明示的なものがなかったが、Xが、平成19年5月14日、約定解約権の行使により平成18年11月18日の経過をもって契約が終了したことを理由に本件明渡請求訴訟を提起し、その後も継続維持したことを基に、上記期限に対応する更新拒絶の意思表示があったものと裁判所が認定した。
  • 賃貸人が申し出た立ち退き料の額 2156万円(上限)

裁判所の判断

正当事由について

本件更新拒絶の通知については、その正当事由を基礎付ける事実がおよそ認められないのであるから、Xの立ち退き料の申し出によってもなお正当事由を認めることはできない。

賃貸人側の事情

  • Xは、建替えや不動産の有効利用について何ら明らかにせず、本件建物の使用を必要とする現実的、具体的事情が認められない。
  • Xは、Yの存在を知りながら、本件建物及び借地権を比較的低廉な価格で購入し、賃貸人の地位を承継後まもなく、老朽化を理由にYに明け渡しを求めるようになった(その後に耐震性能の問題も述べるようになった。)。
  • 本件建物にはY以外のテナントが存在しないが、それは建替えが必要であるとするX自らの判断のもと、立ち退きを求めた結果であるから、建替えの必要性が肯定されない限り、正当事由を基礎付ける事情とはなり得ない。
  • Xは老朽化による不具合につき具体的な主張、立証を何らしておらず、これによる建替えの必要性があるとは認められない。
  • Xが提出した診断報告書によれば、本件建物は新耐震基準による耐震性能を満たすものではないことが認められるが、最小限必要な耐震補強工事に要する費用は3664万5000円であり、建て替え費用(見積りでは2億1400万円)に比して低額であり、これによる建替えの必要性があるとも認められない。

賃借人側の事情

  • Yの賃借目的は、居住用でなく、事業用である。
  • 移転に伴う不利益は認められるものの、立ち退き料によって補償され得ないものではなく、正当事由を否定するほどの事情とはいえない。
  • 本件建物の周辺である麹町や二番町界隈には、他にも相当数の代替物件(事務所用貸室)が存在する。

立ち退き料の算定要素

  • Yは、賃貸借開始以降、本件建物で焼き鳥店の営業を継続し、相応の売上があり、店舗営業の継続を希望している。
  • 近隣で従前と同様の条件により店舗を借りられる保証はなく、長年の営業努力で獲得してきた常連客を失うなどして、相当の経済的損失を被るおそれがある。
  • 以上から、Yには本件建物の使用を必要とする現実的、具体的事情が認められる。

弁護士のコメント

正当事由の判断枠組み

本判決は、正当事由の判断における次の3つの要素についての考え方につき参考となる基準を示しています。

  1. 建物の賃貸人及び賃借人が建物の使用を必要とする事情
  2. 建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況
  3. 立ち退き料の申し出

すなわち、本判決は、正当事由の判断においては、1.の要素を主たる要素として、2.及び3.の要素を従たる要素として考慮すべきであり、3.立ち退き料の申し出については、それ自体が正当事由を基礎付ける事実になるものではなく、他の正当事由を基礎付ける事実が存することを前提に、当事者間の利害の調整機能を果たすものであるとの基準を示しています。その上で、1.の要素について、XよりもYの必要性の方がより大きいといえるから、2.の各事情について、それでもなおYの立ち退きを肯定すべき相当程度の事情が認められなければ、正当事由は容易に認めがたいとし、さらに、2.の要素を検討しても正当事由を基礎付ける事実がおよそ認められないから、立ち退き料の申し出によってもなお正当事由を認めることはできないと結論づけています。このように、正当事由の判断枠組を示した上で、各項目を丁寧に検討しているという点で、実務的にも参考になる裁判例と考えます。

立ち退き料の交渉について

本件事案は、平成19年5月14日の提訴から平成25年2月25日の判決まで5年近くの期間を要しています。また、判決文中でわざわざXの申し出た立ち退き料額について「2156万円を上限として」と述べており、かつ、Yが予備的に主張した相当な立ち退き料額が7433万3333円とXの申し出とは大きな開きがあります。これらのことから予想すると、立ち退き料額について相当程度協議が行われたが、決裂して判決に至った事案と推測されます(あくまで予想ですが、裁判所はXに対し、より高額な立ち退き料提示を勧めていたが、Xがこれに応じず敗訴覚悟で判決を求めたのかもしれません。)。

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